皇祖神アマテラスの鎮まる社  伊勢

 
  伊勢神宮正宮(左)      神楽殿(右)  
 垂仁天皇26年に鎮座されてから、2000年。内宮の一番奥にある正宮に、アマテラス大神が祀られている。
正宮は、もっとも古い様式である唯一神明造(ゆいいつしんめいづくり)と呼ばれる建築様式で、
20年に一度ごとに建て替えられている。

  


 

夫婦岩(二見町)
夫婦岩は、二見興玉神社(ふたみおきたま)の御神体「興玉神石」を礼拝するための鳥居の役割をしている。
二見興玉神社は猿田彦大神を祀り、縁結び・夫婦円満・交通安全などにご利益のあるとされる。


〜アマテラスと大和朝廷の謎〜

皇祖神アマテラス大御神を祀る伊勢神宮に参拝した。
20年に一度建て替えられるその正宮は、思った以上に簡素であった。
ここでひとつ大きな謎がある。
誰もが知ってるアマテラス。アマテラスは高天原の中心であり、太陽神であり、天皇家の氏神にあたる。
それなら何故、天皇家が権威をふるった大和の地に、神宮を建てなかったのか?
わざわざ100キロも離れた辺境の伊勢に、アマテラスを祀る社など建てたのだろうか?

大和には、実はさらに古く、三輪山そのものが御神体の”三輪山信仰”があった。
また、カミムスビ・タカミムスビといった農耕に深く関わる神が、大和盆地に広く祀られていた。
つまり、太陽神アマテラスは、これらの土着神の中に、割って入ることができなかったと考えられる。
古代、より古い御神体は、社でなく、山とか岩(磐座)に宿る事から、
明らかに土着の三輪信仰のが古く、アマテラス信仰の方が新しい。
ということは、
アマテラスを氏神とする古代天皇家は、あとから大和に侵入した新興勢力であり、
力で大和の長になったものの、人々の心まで支配することができず、
アマテラスを大和から100キロ離れた真東の方角・伊勢に置き、太陽神として崇め、
大和盆地内では、旧勢力の神との柔和策をとったのではないか。

考えてみれば、2000年の長きに渡って、天皇の氏神が大和で祀られないのは不自然だった。
もっと言うと、アマテラスの御神体(山とか岩)が大和盆地内に無いということ自体、不自然だ。
これらの事から、アマテラスが伊勢の神宮に祀られていると言うことは、
天皇家が、あとから大和へやって来た外来勢力だったことを物語っている。
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