
出雲大社本宮

大社駅前にて

通常とは逆巻きの 出雲大社の巨大しめ縄

日の岬
〜謎多き出雲大社〜
ここの祭神は、オオクニヌシノミコト。
「記紀」によると、天ツ神であるアマテラス大神が、
葦原中国を治めていた国ツ神のオオクニヌシに、使者を遣わして、葦原中国を譲れと迫る。
それに反対したオオクニヌシの子らは国を追われたり、海の中へ沈んだりした。
観念したオオクニヌシは、自分の住まいとして立派な神殿を建ててもらうことを条件に、
国譲りを承諾した。その神殿が出雲大社の起こりだ、とある。
要するに、天ツ神が国ツ神の領土へ攻め入って、
敗れた国ツ神の王・オオクニヌシを神として出雲に祀った、と言うことだ。
敗れた王を祀るなんて、変だと思うかも知れないが、日本には古来から”怨霊信仰”があった。
つまり、罪なく殺した相手に対し、オレに祟らないでくれよ、と”神”に仕立て上げてしまうのだ。
出雲大社はその典型的な例ではないか、という画期的な説がある。
たしかに、出雲大社をそういう神社と解釈すると、謎が次々に解明されてくる。
例えば、しめ縄がなぜ普通の神社と違って、逆巻きになっているか、
拝礼のやり方が、なぜ死を暗示する”4礼4拍手(死礼死拍手)”なのか。
御神体が正面を向いていないのはなぜか‥‥などなど。
つまり、これら不可解なしきたりや、社の構造は、
すべてオオクニヌシの怨霊が、この社から抜け出さないように、恐れと願いをこめて作られた、
と言う訳だ。
近年になって、創建当時この社は、奈良の大仏殿をもしのぐ高さの、
巨大な建築物だったことが、わかってきた。
そこまで祀られたオオクニヌシとは、いったいどんな人物だったのか?
彼が治めた葦原中国とは、いったいどこだったのか?
そして、社を建てた人物=オオクニヌシを滅ぼした人物とは、いったい誰か?
古代ロマンの謎は、ますます尽きることはない。
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