よみがえる倭人伝の世界  吉野ヶ里




 


1988年4月、かつての伊都国や奴国などをめぐる旅に出かけ、
私は、佐賀県から福岡県に抜ける山裾の高速道路を走りながら、
「このあたりに絶対、邪馬台国はあるんだ〜」と叫んだことがある。



それから1年もたたない翌年2月。
この「吉野ヶ里」遺構が佐賀県の山裾に発見されたニュースを聞き、
自分でもびっくりしたことを覚えている。

たくさんの竪穴式住居跡や高床倉庫跡、瓶棺墓、
そしてなんといっても敵を見渡すためか、高さ12mの物見やぐら。
実際吉野ヶ里を訪れてみて、
その様子は、まさしく『魏志倭人伝』に記述された邪馬台国の姿、そのままだった。
残念ながら”金印”や多数の”銅鏡”が出土されない限り、
ここが邪馬台国である可能性は低いが、
少なくともこの大発見で、『魏志倭人伝』の記述がかなり正確だったことが
証明されたことになる。

遺跡公園内はよく整備されており、
土・日・祭日は、火おこしや勾玉つくりの体験プログラムが行われている。
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