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伊豫國(愛媛県)
自 第四十番から 至 第六十五番 二十六カ寺
本四國 伊豫國宇和郡平城町 (愛媛県南宇和郡御荘町平城)
第四十番札所 平城山 觀 自 在 寺(へいじょうざん かんじざいじ)
「心願や 自在の春に 花咲きて、浮世のがれて 住むやけだもの」
御四國霊場第四十番、観自在寺の御本尊は「薬師如来」弘法大師様の御作、亦御大師様の開基であります。此の寺は人皇五十一代、平城天
皇の勅願所にて其の地一面を御荘の里と称す。天皇茲に行宮を定めさせ給うたと伝えます。此の御荘の里は寺領で殺生禁断の場所である故多 くの獣類は日中と云えども奈良春日様の鹿の様で何の恐れも無く遊んで居るのであります。随て遠き他領の獣までが皆逃れて来て、安らかに住 む事が出来て其の公徳を蒙って居るのであります。御詠歌の意味は、我等御互いも信心を起こして菩提を得れば此の浮世に住みながら心願成就 し自在を得て心に春の花も咲き此の世の苦を逃れ住むのは、安楽であると云う事です。
▼次四十一番の御札所へは、道程十二里ばかり、此の町外れの海岸より宇和島行きの汽船有り、乗船すれば十里余の道を僅かに四時間で達
せられる。亦時刻の都合で深浦へ(三十丁打戻り)深浦よりは毎朝汽船の便がある。陸行主義の方は柏坂峠の嶮しい処を越え宇和島に出るので す。宇和島より汽車の便有り、乗車を勧む。
(一言メモ)
48k余り徒歩13時間40分 自家用車1時間50分位
本四國 伊豫國北宇和郡成妙村字戸雁(愛媛県北宇和郡三間町戸雁)
第四十一番札所 稲荷山 龍 光 寺(いなりざん りゅうこうじ)
「この神は 三国流布の 密教を、守らせ給はん 誓いとぞ聞く」
御四國霊場第四十一番、龍光寺の御本尊は「十一面観世音菩薩」、脇待は不動明王、毘沙門天にて何れも弘法大師様の御作であります。此
の寺には稲荷大明神が観請してあります。此の稲荷大明神は弘法大師様と佛法を護り、無福の衆生を救う約束ある神様で、即ち御詠歌の意味 は此の稲荷大明神は、印度、支那(中国)日本の三国に流布したる。此の貴い眞言の密教を護る御約束を為されたという意でありまます。
▼次四十二番の御札所へ、道程二十五丁なり、此の間楽です。
(一言メモ)
3k余り徒歩1時間10分 自家用車7分位
本四國 伊豫國北宇和郡成妙村字則 (愛媛県北宇和郡三間町則)
第四十二番札所 一カ山 佛 木 寺(いっかざん ぶつもくじ)
「草も木も 佛になれる 佛木寺、なを頼もしき 鬼畜にんでん」
御四國霊場第四十二番、佛木寺の御本尊は「大日如来」にて弘法大師様の御作であります。御大師様此の地に来ら れました時に、古い大木の楠の上にむら紫雲がたな
びき光明が見えました。其れは一つの寶珠であったので御座います。そこで御大師様は、その楠の木を伐って大日如来の御尊像を彫られたと伝えられて居ります。御詠歌 の意味は、佛縁の深い霊地では草でも木でも成佛するから、餓鬼、畜生、人間、の衆生はおしなべて佛と一味であるから我等衆生は猶頼母しき事であると云うのです。
▼次四十三番の御札所へ、道程凡そ三里なり。此の間少し難儀と思う坂有り。歯長坂と云う、ゆるゆる登るがよろし い、亦二里の間は宿無し注意あるべし。
(一言メモ)
12k余り徒歩4時間20分 自家用車30分位
本四國 伊豫國東宇和郡田の筋明石 (愛媛県東宇和郡宇和町)
第四十三番札所 源光山 明 石 寺(げんこうざん めいせきじ)
御四國霊場第四十三番、明石寺の御本尊は「千手観世音菩薩」にて、役の行者小角五代の祖壽尊者の開基であります。御詠歌の意味は、御
本尊の御誓い為された不思議の御力と云うを聞いておりますには、とても持ち上げられない罪業重き大盤石の様な我等衆生を軽くあげ助け給うと 云うのです。
▼次四十四番の御札所へは、道程十七里半なり。、八丁進むと卯の町にて商家軒を並べ何でもある。必要品買い求むるに便なり、亦此の町より
自動車の便も有りますれば道路良し、大州町、十夜橋大師堂を経て内子町大瀬村の長渓なり。田度村、九萬町に出るのであるが一里半ばかり は嶮しい坂なり。途中宿も少なし、注意を要す。
(一言メモ)
71k余り徒歩21時間30分 自家用車2時間10分位
本四國 伊豫國浮穴郡菅生村 (愛媛県上浮穴郡九万町菅生)
第四十四番札所 菅生山 大 寶 寺(すごうざん だいほうじ)
「今の世は 大悲の恵み 菅生山、ついには彌陀の 誓いをぞ待つ」
御四國霊場第四十四番、大寶寺の御本尊は「十一面観世音菩薩」であります。歌に「すがうさん」と詠んであるは、此の山里に伊豫菅の山地で
もあります。御詠歌の意味は、現世では、大慈大悲の観世音菩薩のお恵みに縋り、いよ々此の世を出立したうえは阿弥陀如来の御誓いの極楽に 行くのを待つのみであると云う事です。
▼次四十五番の御札所へ、道程二里半です。小さき峠あり、峯御堂と云うなれば、越えれば直ぐは畑の川村宿有り、 此の地まで岩屋山より打戻
のと処なれば荷物は預け置くがよろしい。亦此の地よりは山路にて不便なれば弁当の用意は特に注意なさい。一里先に茶店あり、其の先に京都 の人が、道標の石を建てているが出水でもある場合の外は其の路標に従うと山に登らねばならず、大いに難儀で有れば其の道標の左下谷川辺 りを辿りて行くが良し。亦帰りも此の道が良いと思いますが、物も試しに寺の参詣が済んだら寺より山上へ登り山坂を辿り下れば京都の人の立て たれた道標の所へ降り出られます。
(一言メモ)
12k余り徒歩3時間40分 自家用車25分位
本四國 伊豫國上浮穴郡仕七川村字七鳥 (愛媛県上浮穴郡川村七鳥)
第四十五番札所 海岸山 岩 屋 寺(かいがんざん いわやじ)
「大聖の 祈る力の げに岩屋、石の中にも 極楽ぞある」
御四國霊場第四十五番、岩屋寺の御本尊は「不動明王」にて、弘法大師様の御作であります。御詠歌の意味は、大日大聖不動明王の御祈り
の力は大なりと申しさんか奇跡霊巖最も多く其の岩屋の中に極楽があると云うので真に此の御岩屋は国立公園にも擬せらるる貴き御霊山です。
▼次四十六番の御札所へ、道程六里なり。畑の川まで打戻り(荷物を受け取り)直ぐ道標に従い山へ登り始め小さき峠を越えて下れば国道に出
られる。自動車の便有り、亦徒歩するも、最も楽である。三坂峠手前に道標、左松山右遍 路道なり、亦三坂峠は急勾配にして二十丁で桜と云う 小さい村、十丁進めば綱掛け石あり、二十丁で松本村、御札所 は直ぐ先なり、亦いよ々楽しき道後温泉へも近くになるばかりです。
(一言メモ)
25k余り徒歩8時間20分 自家用車1時間10分位
本四國 伊豫國温泉郡坂本村 (愛媛県松山市浄瑠璃町)
第四十六番札所 醫王山 浄 瑠 璃 寺(いおうざん じょうるりじ)
「極楽の 浄瑠璃世界 たくらへば、受くる苦楽は 報いならまじ」
御四國霊場第四十六番、浄瑠璃寺の御本尊は「薬師如来」、行基菩薩の御作であり亦御開基であります。御詠歌の意味は、極楽の浄瑠璃世
界に此の世を比較したならば此の世の苦楽は、実に電光石火の如きつまらぬものである。 此の世の「苦じゃ、楽じゃ」と云うような事を捨てて常 住の都を望めよ、との事です。
▼次四十七番の御札所へは、同村内にて僅かに五丁です。
(一言メモ)
1k余り徒歩15分 自家用車5分位
本四國 伊豫國温泉郡坂本村 (愛媛県松山市浄瑠璃町八坂)
第四十七番札所 熊野山 八 坂 寺(くまのざん やさかじ)
「花を見て 歌読む人は 八坂寺、三佛じょうの 縁とこそ聞け」
御四國霊場第四十七番、八坂寺の御本尊は「阿弥陀如来」にて、恵心僧都の御作にて役の行者小角の開基であります。御詠歌の意味は、花
を見て歌読む折しも、真言念誦の観あれば、佛の道を讃嘆し佛に帰依の出来る心の人であるから其れが佛になれる因であると云う事です。
▼次四十八番の御札所へ、道程一里です。沿道荏原村も文殊院衛門三郎殿の古蹟あり小村大師堂を過ぎれば重信 川、大水の時は鉄橋に依る
も良しと思う。
(一言メモ)
4k余り徒歩1時間10分 自家用車15分位
本四國 伊豫國温泉郡久米村字高井 (愛媛県松山市高井町)
第四十八番札所 C瀧山 西 林 寺(せいりゅうざん さいりんじ)
「彌陀佛の 世界を訪ね 行きたくば、西の林の 寺に詣れよ」
御四國霊場、第四十八番西林寺の御本尊は「十一面観世音菩薩」であります。御詠歌の意味は、阿彌陀如来の極楽浄土へ訪ね行きたくば、
偏に念佛を申して此の西林寺へ御詣りをせよ、此の世を出立するときは、御詣りした御縁で本尊の観世音が御手引き下さるのです。
▼次四十九番御札所へは、道程一里程です。
(一言メモ)
3k余り徒歩50分 自家用車15分位
本四國 伊豫國温泉郡久米村字鷹の子 (愛媛県松山市鷹子町)
第四十九番札所 西林山 浄 土 寺(さいりんざん じょうどじ)
「十悪の 我身を棄てず そのままに、浄土の寺へ まいりこそすれ」
御四國霊場第四十九番、浄土寺の御本尊は「釈迦如来」にして、行基菩薩の御作、亦開基であります。そして孝謙帝の勅願所で御座います。
歌に「十悪」とあるは、十善の反対である御詠歌の意味は、たとえ十悪五逆の罪人も此の霊地へ来て詣でた縁により往生治定の数に入り、此の 極楽浄土へ参られ有り難いことである、と云うのです。此の寺は、昔空也上人留錫の寺です。
▼次五十御番札所へは、道程十五丁です。
(一言メモ)
1.7k余り徒歩20分 自家用車5分位
本四國 伊豫國温泉郡桑原村畑寺 (愛媛県松山市畑寺町)
第五十番札所 東 山 繁 多 寺(ひがしやま はんたじ)
「よろずこそ 繁多なりとも 怠らず、諸病なかれと 望み祈れよ」
御四國霊場第五十番、繁多寺の御本尊は「薬師如来」行基菩薩の御作。亦開基にして孝謙帝の勅願所」で御座います。山を負い池を臨み、四
時風光佳絶にして、大庫裡備えて居ります。御詠歌の意味は、凡そ世の中と云うものは、いろ々の事が湧き出て忙しいものだけれども、怠りなく 衆病の無いよう祈り我が業務を働けば流水腐らぬ例えの如く、人 の長命は自然の理法なるが故それを望めよ、と云う事であります。此の寺に奉 顕著にして毎時参詣絶えず。御四國で密教の秘佛聖天尊を奉祀るする寺は、讃岐の八栗山と当山のみであります。 徳川四代将軍の念持佛を中興龍湖大徳に付属されたものです。
▼次五十一番の御札所へは、道程二十丁なり。門を出で、右の池に沿い神社前半丁先、建石より右へ入られるべし。
(一言メモ)
ここ繁多寺山門の石段上右手の石碑は、祖父であり著者「寛明さん」1万人ご接待誓願の石碑です。
2.7k余り徒歩50分 自家用車10分位
本四國 伊豫國温泉郡道後町字石手 (愛媛県松山市石手)
第五十一番札所 熊野山 石 手 寺(くまのざん いしでじ)
「西方を よそとは見まじ 安養の、寺に詣りて 受くる十楽」
御四国霊場第五十一番、石手寺の御本尊は「薬師如来」、行基菩薩の御作。亦御開基にして、聖武帝の勅願所であります。七堂伽藍の特別
建造物にして国宝多し。此の寺は、元安養と云いましたが、衛門三郎御臨終の時、弘法大師様から授けられた一寸八分の石を握って、城主河野 の家に生まれ変わり其の時握っていた石を此の寺に納めたとの説が因となって、今の寺号に改められたので御座います。御詠歌の意味は、西方 の極楽浄土を他所と見間違え、安養の寺、即ち今の寺へ来て一心に礼拝すれば西方浄土の十種の快楽を受けらるるのであるから、此の寺を此 の世の思えと云う事です。
▼次五十二番の御札所へは、道程二里余りです。いよ々此の寺から八丁行けば有名な道後の温泉場である。宿最も多し、一欲長途の疲労も早
忘る。此の地より不要品は郵便小包で國元へ還付するが可ならん。道後町より次へ電車の便あり、陸行きならば沿道に小さな山有りと雖も楽に 行くを得る。松山市を通りて電車の便あり。
(一言メモ)
11k余り徒歩3時間10分 自家用車45分位
本四國 伊豫國温泉郡和気村 (愛媛県松山市太山寺)
第五十二番札所 龍雲山 太 山 寺(りゅううんざん たいさんじ)
「太山に 登れば汗の 出てけれど、後の世思えば 何の苦もなし」
御四國霊場第五十二番、太山寺の御本尊は「十一面観世音菩薩」、国宝になって居ります。本堂楼門は特別建造物であります。昔は此の太山
寺へ詣るに、沿道は山深くして難儀の山路であったと見えて、此の歌が詠まれたのでしょうか。御詠歌の意味は、此の太山寺へ参詣するには先 ず汗が垂れど苦は楽の種にして、後の世の事を考える時は何の苦にも思わぬから厭わず詣ると云う心を表したのです。
▼次五十三番の御札所へは、道程十七・八丁なり、門前まで打戻り大道路を通れば直ぐ御札所が見える。
(一言メモ)
2.5k余り徒歩45分 自家用車10分位
本四國 伊豫國温泉郡和気村 (愛媛県松山市和気町)
第五十三番札所 須賀山 圓 明 寺(すがさん えんみょうじ)
「来迎の 彌陀の光の 圓明寺、照りそう影は よなよなの月」
御四國霊場第五十三番、圓明寺の御本尊は「阿弥陀如来」行基菩薩の御作。亦開基であります。御詠歌の意味は、御來迎の阿弥陀如来の御
光は、圓満明瞭である空行く月のさやけさに、我が心の闇もはれて夜な夜な出ずる月のようであろうと云う事です。海濱磯風の吹く時気清し。
▼次五十四番の御札所へ、道程八里余り。國鉄汽車の便もあるが陸行も道良ければ楽です。堀江、北條、難波、菊
間、亀岡、大井、乃萬村途中には宿沢山あり、多くは汽車に依り大井駅まで乗るが便利なり。
(一言メモ)
35k余り徒歩10時間40分 自家用車1時間10分位
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