修行の道場・32番〜39番



本四國 土佐國長岡郡十市村 (高知県南国市十市町)
第三十二番札所 八葉山 禅 師 峯 寺(峰寺)(はちようざん ぜんじぶじ

静かなる 我がみなもとの 禅師峰寺、浮かぶ心は 法の早船

 御四国霊場第三十二番、禅師峯寺の御本尊は「十一面観世音菩薩」行基菩薩の御作、亦開基であります。御詠歌の意味は、真に静かなる我
が心の源は禅師峯寺から出ずる佛法の流れの川である。其の佛法に帰依したならば人間の性と云うものは、元より善であるから怱然念起の波絶
えて真如の月影は心の水に現ずるのである。それが即ち浮かぶ心で、此の心がとりもなおさず佛法の早船であると云う事です。

▼次三十三番の御札所へは、道程二里ばかり、山上には飲食店あり、休息して山を下るがよろしい。脇道と新道いずれも松並木へ入ったり出た
り道路平坦なり。阿戸、三野、仁井田、種崎を経て、それより長き渡船がある。揚がれば七・八丁先が御札所。此の地には宿屋あり商家ありて便
利です。

(一言メモ)
7k余り徒歩2時間40分 自家用車35分位


本四國 土佐國吾川郡長濱村 (高知県長浜町)
第三十三番札所 高福山 雪 蹊 寺(高福寺)(こうふくざん せっけいじ

旅の道 うえしも今は 高福寺、後のたのしみ 有明の月

 御四國霊場第三十三番、雪蹊寺の御本尊は「薬師如来」にて、弘法大師様の御作、亦御大師様の開基であります。 歌に「高福寺」とあるは、
寺の山号を幸福と云いなしたので御詠歌の意味は、遊びの道と云うは此の現世の事を云うたので、此の現世に憂い、辛い、ひもじい、不幸な貧し
き暮らしをしたけれど今は佛法に帰依して心に法の花が咲き、心の苦しみ消え果てて福壽無量の身とぞなり、やがては往生浄土の楽しみが現れ
ている。言い換えれば苦は楽の種と云う事です。

▼次三十四番の御札所へは、道程一里半余りなり、門前より西に向かいて川に沿い、東諸木、西諸木を経て平坦なる道で楽に行けるのです。

(一言メモ)
6.5k余り徒歩2時間少々 自家用車25分位


本四國 土佐國吾川郡秋山村 (高知県吾川郡春野町)
第三十四番札所 本尾山 種 間 寺(もとおざん たねまじ

世の中に 蒔ける五穀の 種間寺、深き如来の 大悲なりけり

 御四國霊場第三十四番、種間寺の御本尊は「薬師如来」(国宝)であります。御詠歌の意味は、凡そ世の中で命を繋ぐものは五穀であります。
此の五穀の種を蒔くときも如来の御慈悲であると云う意で、即ち弘法大師様は済生利民の為に尽くされた事跡を一面から指して居るのです。

▼次三十五番の御札所へは、道程二里余りなり。西へ森山村、新川町、新淀を越え高石及び高岡町となる。道路平坦にして宿有り、此の御札所
は高岡町まで打戻りとなれば高岡町で荷物を預け置くが良い。亦時刻の都合で、此の高岡町に宿を求むるも良い、此の地は商家軒を並べて何品
でもあり必要品買い求むるに便ならん。

(一言メモ)
10k余り徒歩2時間20分 自家用車30分位


本四國 土佐國高岡郡高岡町 (高知市土佐市高岡清滝)
第三十五番札所 醫王山 C 瀧 寺(いおうざん きよたきじ

澄む水を 汲むは心の 清瀧寺、波の花散る 岩の羽衣

 御四國霊場第三十五番、清瀧寺の御本尊は「薬師如来」(国宝)、行基菩薩の御作にして亦御開基であります。御詠歌の意味は、清澄の水が
羽衣岩に当たって波の花が咲き散る、実に美しい景色である 清瀧寺の澄んだ水を汲み取り御佛に捧げたならば我が心の清らかさは言うに言え
ざる事であると云う事です。

▼次三十六番の御札所へは、道程三里余り、二十五丁高岡町まで打戻り萩崎村、宇佐町となる。途中小さい山坂有り、宇佐町に出れば沢山宿
有り福島入江の渡船場あり越えれば井の尻村宿有る、龍坂を越えればすぐ御札所なり。

(一言メモ)
15k余り徒歩3時間50分 自家用車50分位


本四國 土佐國高岡郡宇佐村字龍 (高知県土佐市宇佐町竜)
第三十六番札所 獨故山 C 龍 寺(とっこうざん しょうりゅうじ

わずかなる 泉に棲める青竜は、仏法守護の 誓いとぞきく
 
 御四國霊場第三十六番、青龍寺の御本尊は「波切不動明王」にて弘法大師様の御作であります。歌に「青竜」とあるは、寺の名を読み込んだ
ので青龍寺は御大師様の御師匠様の御寺、即ち唐の青龍寺の写しだと伝えております。
御詠歌の意味は、ほんの小さな僅かなる泉に棲める青龍権現は、仏法守護の誓いで仏法に帰依する人々を護り時々露の雨を降らし五穀を成熟
せしむると云う事です。

▼次三十七番の御札所へは、道程十三里余り、先ず井の尻村まで打戻り、福島から八坂八濱を通り須崎町へ出るのである。(福島から入海凡そ
四里ばかり巡航船の便有れば乗船を勧む。)此の間小さい山や坂あり、亦川もあり須崎町宿あり、須崎町より九禮町に至る。亦山坂有り汽船の
便有り、乗船も良かろう、九禮町宿あり。次は大坂谷、名の子、影生、下呉地、六反地、柿木山、仁井田、平串、大奈良を経て窪川町に達するの
であるが、途中何れも宿ありといえども注意を要す。

(一言メモ)
55k余り徒歩17時間30分 自家用車1時間40分位


本四國 土佐國高岡郡窪川町 (高知県高岡郡窪川町)
第三十七番札所 藤井山 岩 本 寺(ふじいさん いわもとじ

六っのちり 五っの社 あらわして、深き仁井田の 神のたのしみ

 御四國霊場第三十七番、岩本寺の御本尊は「阿弥陀如来」脇待、薬師、地蔵、観世音、不動の五如来を以て五社本地佛五体を祀り、故に五社
は現今縣社高岡神社と改まり寺より十八丁を距たる仁井田にあります。御詠歌の意味は、六つの塵と云う事は色聲香味触法の六塵煩悩の事で
ある。即ち此の煩悩の世を云うのであう。其の世の中に仁井田明神は、五社を示現せられて一切衆生を御救い下さる実に神の深い思召しである
と云う事です。

▼次三十八番の御札所へは、道程二十一里と昔から言い伝えて居りますが新里程換算して二十九里と提示してあり ます。実際は二十四里位と
思う。此の間の道程は、昔は大難渋であったでしょうが今は新道が出来て誠に楽になりました。此の間の御札所と御札所が長いけれど山、里、海
の景色をば眺めつつ金上の、峯の末、佐賀谷三里、市ノ瀬、挙の川稲荷、熊井坂、トンネル、佐賀の町となる。此の処より汽船の便有り、春期は
割引有るが土佐は荒波時折危険もあるれば、能々天候見定めた上が宜しい、佐賀の町には商家有り、必需品有れば買い調えるも良い。佐賀よ
り陸行する時は伊田、上川口、浮き鞭、入野、小阪、竹島、四萬十川、津具良淵、伊津田の坂、市ノ瀬、市野々、下の加江、伊布里、窪津となる。
此の御札所から次へは、七里半打戻るるのがどうも便利に思われる。打戻りなさるよう、亦なるべく重い荷物は七里手前に預け置くがよろしい、亦
此の御寺内には七不思議の奇端有りし寺に乞い案内を求めて拝観し帰りて、御四國へよう参られぬ不幸な人に拝聴せしめられよ。通夜堂有り、
願いなさい。亦門前前に宿もある。

(一言メモ)
90k余り徒歩27時間50分 自家用車2時間40分位


本四國 土佐國國幡多郡伊佐村 (高知県土佐清水市足摺岬)
第三十八番札所 蹉だ山 金 剛 福 寺(あしずり寺)(さださん こんごうふくじ

ふだらくや ここは岬の 船の棹、取るも捨つるも 法のさだやま

 御四國霊場第三十八番、金剛福寺の御本尊は「千手観世音菩薩」にして、脇待は二十八部衆弘法大師様の御作。
亦御大師様の御開基にて嵯峨天皇の勅願所であります。歌に「ふだらく」とあるは、観世音の霊場であるからです。御詠歌の意味は、此の霊場は
岬の船の様である。沖邊遙かに見渡せば、雲波の海珊瑚の寶ぞ相茂る御法りの船に棹を差し取るも捨てるも佛様の御沙汰次第と云う事です。

▼次三十九番の御札所へは、道程二十三里なり。途中預けた荷物を受け取り、下加江村立石より入り二十丁行けば菖道三里で新道となり順次
新菖出合いの辻となる。亦市の瀬へ打戻りした時は菖道ばかりを辿って出合いの辻へ出るがどちらでも良い。土地の人に承合すべきです。此の
三十九番の寺内に宿舎がありますれば安心です。

(一言メモ)
57k余り徒歩17時間30分 自家用車1時間40分位


本四國 土佐國幡多郡半田村字中山 (高知県宿毛市平田町)
第三十九番札所 寺山 延 光 寺(現在は赤亀山しっやきざん えんこうじ

南無薬師 諸病悉除の 願こめて、詣る我身を 助けましませ

 御四國霊場第三十九番、延光寺の御本尊は「薬師如来」行基菩薩の御作であります。御詠歌の意味は、薬師如来十二の御誓願中、諸病悉除
の御願いは実に頼もしき人と生まれては、業病難病に罹る程此の世の苦患は無い、どうか諸病を除けて下さるよう一心こめて自他共に御願いを
致します、と云う事です。

▼次四十番の御札所へ、道程は七里なり。新道九里と云う宿毛町へ出て片島より深浦へ汽船の便有り、深浦から御札所まで三十丁位、亦陸行
なれば松尾坂の峠を越えるべし。此の処が土佐と伊豫との國境、次なる御札所は伊豫國の始まりで、いよ々土佐國は打ち仕舞い殆ど壱百里」を
踏破したのです

(一言メモ)
30k余り徒歩7時間50分 自家用車1時間位


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