スタウトの歴史
 トヨタ自動車製の商業用ボンネットトラックは,現在,外国輸出用として「タコマ」「T−100」などがありますが,国内向けは「ハイラックス」のみです。
 「ハイラックス」は現在のモデルが6代目ですが,3代目の頃まで,「ハイラックス」の他にもボンネットトラックがありました。車格は「ハイラックス」より大きく,シングルキャブ車で1.75トン積み,Wキャブ車でも1トン積みでした。これが「スタウト」です。
 「スタウト」の歴史は長く,現在把握している初代モデルは,丸ライト2灯の曲線ボディの「トヨペット1500」で,1957年(昭和32年)式「RK35」(←写真)です。排気量は1500ccの「R」型エンジン,1.75トン積みのシングルキャブです。ボンネットフードに七宝焼きのオーナメントがついています。テールライトは赤のみで,方向指示灯も兼ねています。キャビンと荷台の側面は形が全く違っており,現在の3方開トラックのようです。足まわりの構造は,その後の「スタウト」とほぼ同じ設計であり,形式からしても,「初代スタウト」といっても過言ではないでしょう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
                   
 1960年頃「スタウト」はモデルチェンジされました。確認している最も古いものは1964年式で,車体は直線基調になり,ライトの上に方向指示灯が配置され,バンパーにはオーバーライダーが付き,スタイルはアメリカのGMCトラックを彷彿とさせるものになりました。ヘッドライトは丸2灯のままです。テールライトは方向指示灯がアンバー(オレンジ色)になり,後に荷台の上の隅っこに三角形の形で配置されました。また,この時1トン積みのWキャブもラインナップされています。形式は「RK45」。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その後マイナーチェンジでヘッドライトを丸2灯から丸4灯へ。排気量は1500ccエンジン「2R」の他に,1900ccエンジン「3R」を積む「RK100」と,1500ccの「ライトスタウト」(RK43)が加わりました。この「ライトスタウト」は,ボディやエンジンは「RK45」と同じですが,バンパーのオーバーライダーがありません。決定的な違いは「足まわり」です。「スタウト」はフロント,リヤ共にサスペンションはリーフリジットです。「ライトスタウト」はリヤは同じリーフリジットですが,フロントはコイルスプリングが用いられていました。また,ホイールが,「スタウト」の場合6穴の15インチホイールですが,「ライトスタウト」は5穴の13インチを使用していました。「ライトスタウト」は「ハイラックス」が出てくる前の,現在の「ハイラックス」のような軽量貨物車として存在していたものですが,私が確認したのは1台だけで,他に雑誌なども含めて見たことがありません。そのようなことから,販売台数が極端に少なかったのか,あっという間に「ハイラックス」に取って代わられたのか定かではありません。エンブレムは「スタウト1500」が青もしくは緑,「スタウト1900」が黒,「ライトスタウト」が赤となっているようです。私が見た実物は,「スタウト1500」のものが色あせがひどく,灰色に近くなっていました。そのため,現在は断言できません。
 
 
          
 
 
 マイナーチェンジで風切り窓を追加。昭和43年,「ハイラックス」の誕生で「ライトスタウト」が消滅,おそらくその頃,「スタウト」は排気量を2000ccまで上げた「5R」を搭載し,「RK101」となりました(写真)。フロントグリルのデザインが変更され,よりスマートになりました。また,バンパーのオーバーライダーが無くなり,テールライトも横一になりました。車名も「トヨペットスタウト」から,「トヨタスタウト」になりました。この「RK101」は初め,前の方向指示灯が「RK45」と同じクリヤーで,フロントエンブレムの「Tマーク」も初代「ハイエース」の初期型のものと同じ古い形でしたが,方向指示灯は途中でアンバーになり,マークも一般的な「Tマーク」になりました。私の車は45年式で,すでにアンバーのレンズを付けていたので,「RK101」が発売されたのは昭和43年頃,マイナーチェンジが45年頃にあったのかも知れません。
 なお,「RK101」は,形式名の後に「-K」が付くのが1.75トン積車,「P-K」と付くのがWキャブ車(うちのスタウト:写真),何も付かないのは2トン積車となっています。2トン積車は,ホイールハブの規格が1.75トン積車と異なり,ブレーキやラグナットが一回り大きく,驚くべきことに,左側(助手席側)の車輪のボルトは逆ねじになっています。また,どうも「バン」タイプのボディもあったようです。
 昭和53年頃には,それまで方向指示灯で兼ねていた標識灯(スモールランプ)を別個に配置するようになりました。有鉛ガソリンの使用が禁止されると,エンジンも無鉛対応の「5R」となり,昭和53年頃まで造られたようです。
 
 
 
 
 やがて,現時点では最終モデルに当たる「RK111」にモデルチェンジされましたが,モデルチェンジというよりは,ほとんど特装車という感じでした。フレームや足まわり,エンジンなどのシャシー関係は,これまでの「スタウト」と同じ車格の大きなものを用いていましたが,車体デザインは,なんと当時発売中の3代目「ハイラックス」と全く一緒(キャビン部分のみ)でした。この3代目「ハイラックス」は,ハイラックス史上初の4WDがラインナップされたモデルで,4WDモデルは車格が大きく見え,「スタウト」そっくりでした。見分け方として,ベッドの幅がキャビンより広く張り出していました。この「ハイラックス」顔の「スタウト」も現在ほとんど見かけることはありません。やがてこのクラスのトラックは「ダイナ」「トヨエース」が主流となり,いつの間にか「スタウト」は,カタログから静かに去っていきました。
 
 
 
 
 
 
 
みささみまさかさんのHPの「変な物写真館 特別室 りあっちさん編その4」の中で,2000年ニューイヤーミーティングで撮影された,初代「トヨペットマスターライン」が紹介されています。この車をよく見ると,なんと前半分はトヨペット1500「RK35」と全く一緒!!!トヨペットマスターは「クラウン」の兄弟車として知られていますが,その前には「スタウト」と兄弟だったということでしょうか。不思議なことに,「マスターライン」では2分割のパノラミックウィンドウになっているリヤウインドウが,「RK35」では普通の平ガラスになっています。
 
 
 
スタウトの需要
 「スタウト」は大柄な車格や積載能力から,比較的重量物に対応できるような車だったといえます。多かったものとして,「電電公社」の電線作業のクレーン車や地下配線工事の際の排水ポンプ車が挙げられます。また,各市町村の消防団の消防車としても多く用いられたようです。私の車は実際,隣県某町の消防車だったものです。また,JAFカラーのレッカー車だったものもありました。もちろん,養蚕業の方が繭糸の運搬に使っていたとか,農家で使われていたとかいう一般使用のケースもあったようです。が,見かけた「スタウト」はほとんどがこういった,クレーンやポンプを搭載された「8ナンバー」の公用車として使われていました。また,数ははっきりしませんが,アメリカなどの外国へも輸出されていたようです
 
 
スタウトの現状
 「スタウト」は先に触れたように,特種車需要が多かったため,これらの車が中古車市場に流通することはほとんど無く,解体屋の上に積み上げられたものが少なくありませんでした。それでも,何処から見つけてきたのか,雑誌等に掲載されたものを含め現在でもいくつかの生き残りを確認しています。おそらくは運良く解体を免れ,奇跡的に登録書類等も揃った,「消防車あがり」がほとんどと思われます。そのため,年式の割には比較的程度のいいものを多く見かけます。しかし,その絶対数は明らかに極少数です。
 現存率を考えると,造られた年数が最も長い第2世代「RK45」「RK100」,特に「RK101」がほとんどと思われます。ただし,「ライトスタウト」は稀少です。確認している車のほとんどは,所有者の好みで何らかの改造やドレスアップを受けた,いわゆる「カスタムカー」で,オリジナルスタイルのものは少なく,「ホイールの交換」程度のライトカスタムから,「足まわりをローレルのものに交換し,エンジンはリンカーン用351ウインザーを搭載」というハードなカスタムを受けたものもあります。ほとんどはアメリカンな雰囲気のカスタムに仕立てています。これは,「RK45」から「RK101」までのスタイルが,50年代のアメリカントラックに似ているため,と思われます。もっとも,カスタムせずとも,充分アメリカナイズされていると思いますが。
 第1世代「RK35」は,もはや骨董品の部類で,存在自体大変貴重です。某県某所酒造工場の営業車は結構有名な存在です。第3世代「RK111」は最終モデルですが,わずかな例外をのぞいて,すでに消防車需要は「トヨエース」等のキャブオーバータイプのトラックに変わりつつあった頃で,また他はほとんど特装車需要のため中古車市場に出ず,現在ほとんどいません。カルト車の部類です。前に一度,前から走ってきたのを見たことがありました。また某自動車整備工場でレッカー車として働いている1台を発見しました。また,ある市の消防団には,まだ多くの「RK111」が現役消防車として存在しているという情報もあります。
 
 
スタウトのライバル
 「スタウト」のクラスのボンネットトラックは,あまりたくさんありません。ニッサンは戦前から「ダットサントラック」を販売していましたが,それより一回り大きいトラックとして,「ジュニア」(写真)をリリースしました。車格その他「スタウト」と同じクラスだったので,「スタウト」の最たるライバルといえます。結局「ジュニア」もスタウトと同じ様な需要だったはずですが,残存数はさらに低いと思われます。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 この「ジュニア」の祖先に当たるのかどうか分かりませんが,プリンスからは「マイラー(写真)」という同じような車格のトラックがありました。この車も見かけることは稀です。
 この他,日野から「ブリスカ」というトラックが販売されていました。しかし,いつ頃から販売されていたのかよくわかりません。また,この車はやがてトヨタからも販売されるようになり,その後,前述の「ライトスタウト」とともに,「ハイラックス」の誕生で消滅しました。車格については,「スタウト」との関係ははっきりしません。「ブリスカ」は「ジュニア」よりさらに残存数が少なく,見かけたら奇跡に近いでしょう。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 その後このクラスのトラックは,キャブオーバータイプが主流となりました。ニッサンは「キャブオール」「キャブライト」「キャブスター」,そしてプリンスから引き継いだ「クリッパー(写真)」「ホーマー」があり,やがてそれらは統合されて,現在の「アトラス」に繋がります。トヨタは古くから「ダイナ」「トヨエース」がありました。足まわりは「スタウト」とほとんど同じ仕様で,部品は共通のものを用いていたと思われます。「ダイナ」はその後バリエーションを増し,さらに車格の大きい中型クラスのモデルも販売されています。「マッシーダイナ」という車格の大きいモデルもあったようです。最近「トヨエース」にも中型クラスが設定されたようです。
 
 
 
 「スタウト」より下のクラスのトラック市場には,トヨタ「ハイラックス」,いすゞ「ファスター」,三菱「フォルテ」,マツダ「プロシード」,ダイハツ「ハイライン」といった「ダットサントラック」のライバルが多数ありました。また前述のとおり「スタウト」のクラスはキャブオーバー型が主流になったこともあり,「ダットラ」クラスの市場がにぎわうのと相反して「スタウト」クラスのボンネットトラックは急速に減っていきました。
 
 
 
 ほとんどが憶測に近い記述です。皆さんからの情報をお待ちしています。掲示板かメールでお願いします。
 
 
 
改訂箇所
「ライトスタウト」の形式「RK43」を追加(1999.11.21)
「ライトスタウト」「ブリスカ」の消滅原因を追加(Vanning&Truck'inより)(1999.11.21)
最終モデルの形式「RK111」を追加(2000.1.29)
「RK111」の現状を追加(2000.1.29)
「スタウトのライバル」で「プリンスマイラー」を追加(2000.4.24)」
「RK35」と「初代マスターライン」の関係を追加(2000.4.24)
改装工事(記述種類別に色分け)(2000.5.1)
書籍等の資料に基づいた記述現物確認等による記述,憶測による記述及びその他)
「青い表MOVEさん」からの情報により「風切り窓」について追加(2000.6.6)
写真を追加(2001.2.4)
 
 
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